鵜飼寺物語
- 山本九兵衛板の絵入細字(えいりさいじ)本。本書は題簽を欠くが、東北大学附属図書館狩野文庫に所蔵されている本作の影写本題簽に、「山本角太夫直之正本」と記されていること等から、古浄瑠璃太夫・山本角太夫の語り物と推定されている。初丁表の内題に、「鵜飼寺物語(うかひじものかたり)付タリ日蓮大上人御伝記」とある通り、天和元年(1681)10月の日蓮上人四百年忌を当て込んで上演されたとの説もある(高野正巳「山本角太夫の曲節」、『近世演劇の研究』)。角太夫は、義太夫節人形浄瑠璃の台頭前夜の延宝から元禄にかけて、京都で愁嘆や宗教物を得意とし、人々の人気を得ていた。また、その舞台にはからくりが多く用いられた。本書も宗教物のひとつで、謡曲や先行作から日蓮上人の逸話を集め、人形のからくりを駆使して霊験奇瑞を表現したと考えられている(若月保治『古浄瑠璃の研究』)。例えば全5段のうちの4段目は、ワキを日蓮とする謡曲「鵜飼」や「現在七面」の趣向を取り入れている。七面の明神が女人や大蛇に変化する場面では、からくりで観客の目を驚かせていたと推測される。掲出本にみられる複数の挿絵も、こうしたからくりの多用を想起させるものとなっている。(田草川みずき)(2021.2)