牛若弁慶嶋渡
- 義太夫節人形浄瑠璃の台頭前夜の延宝から元禄にかけて、京都で愁嘆や宗教物を得意とし人気を博した古浄瑠璃太夫・山本角太夫の語り物。年記はないが、太夫の署名が「山本角太夫」(内題下)であることから、角太夫が相模掾(さがみのじょう)を受領し名乗るようになった延宝5年(1677)閏12月以前に刊行されたものと推測される。義経が兵法を得るため島々を遍歴する御伽草子『御曹司島渡り』の物語を軸に、「浄瑠璃御前物語」系統の恋愛譚をも色濃く反映した作。若月保治は、近松門左衛門作「十二段」および「源義経将棊経」、さらに後年の「鬼一法眼三略巻」が、本作からの影響を受けている可能性について指摘している(『古浄瑠璃の研究』第2巻)。前表紙見返しに貼付された識語に「斑山文庫」の蔵書印があり、高野辰之の旧蔵書とわかる。高野による識語の内容は以下の通り。「此の作は御伽草子の御曹司島渡を五段に書延ばして浄るり風にしたるものなり 江戸の公平浄瑠璃をやゝ和らげて公平に代ふるに弁慶を以てしたるもの何の奇も無き叙事体なれど御伽草子と浄るりとの関係を示すものとして一史料に借すへし 道行景事など称する処に同音と標して其の一節にのみ文辞に彫琢を施したり 挿画より判すれば元禄以前の板行也 角太節の正本は遺存するもの少ければまた以て珍重すへし/大正十五年十二月十六日一読了 斑山文庫主人識」『古浄瑠璃正本集 角太夫編』第1(大学堂書店)に、掲出本を底本とした翻刻あり。(田草川みずき)(2021.2)