遠の白浪 3巻
- 中本型読本(〈中本もの〉)。十返舎一九著・画者不明。文政5年(1822)序刊。3巻3冊(合1冊)。見返し・内題角書に「一本駄右衛門東海横行記」とあり、序文には盗賊「日本左衛門(にっぽんざえもん)」を扱った実録(田中則雄、1999.3・同、2003.3・菊池庸介、2008.2)に基づくとするが、異なる脚色がなされているようである(藤沢毅「文政期読本の基礎的研究」所収解題、2016.2)。刊行されたのは初編上・中・下冊で、上冊は、仁木家の臣の娘である「小蘭(こらん)」が、敵と狙う近江笹木(佐々木)道誉の次男「道将(みちまさ)」に懸想し、「三五松(さごまつ)」(後の一本駄右衛門[いっぽんだえもん])が誕生するまで。小蘭に岡惚れする悪漢「泡渕賀平次(あわぶちかへいじ)」が、笹木の家を追放された小蘭を殺害、老母が三五松を寺に預ける。中・下冊は、自らを笹木の落胤と知った三五松が寺を出て一本駄右衛門と名のり、遠江国で盗賊の頭となるまで。膂力と策謀で、母を殺した賀平治(賊僧青池法印)を筆頭に衆賊を従えるが、貧者は襲わず富者のみ狙う、一種の俠気を備えた賊主となる。近隣の俠客「伽藍泥助(がらんでいすけ)」の情婦「恵貞尼(えていに)」と通じ、泥助に踏み込まれるところで後編(未刊)に続く。一本駄右衛門の形象には、実録と共に中国白話小説『水滸伝』からの投影が考えられ、文章表現にも中国白話(口語)の語彙が少なからず用いられる。本作の稿本は、あるいは『水滸伝』の影響の大きかった文化初年頃に制作され、何らかの事情で刊行時期が遅れたものか。(大高洋司)(2017.2)(参考文献)田中則雄「白話小説『日本左衛門伝』について―論考と翻刻」(『島大国文』27、1999.3)田中則雄「日本左衛門の実録『東海浜島英賊』について」(『島大国文』30、2003.3)菊池庸介『近世実録の研究 成長と展開』(汲古書院、2008.2)「文政期読本の基礎的研究」(文部科学省科学研究費補助金研究成果報告書 [田中則雄]、2012-2015、2016.2)